人生に地図はない

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人生に地図はありません。どんなにブレようが道を外そうがそれはあなたの人生です。

渋谷ハロウィン騒動で「日本は終わっている」という意見に対して思うこと

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こんばんは。

 

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近年、日本で急速に普及しているお祭り事の1つに「ハロウィン」が挙げられます。街を見渡せば、仮装をして楽しんでいる若者や、ハロウィンにちなんだカボチャの装飾などを至る所で見かけるようになりました。

 

僕が一番驚いたのは、大学内でコスプレをしている人を見かけるようになったことです。4限の授業後、夕暮れになった学内を見渡すと、顔にメイクをしている人や、ペアルックの仮装をしている人などをちらほら見かけました。

 

おそらく、大学内で仮装を済ませて、そのまま“渋谷”へ向かうのでしょう。僕が大学へ入学した3年前までは、まずそういった人は見かけませんでした。それほど、ハロウィンが急速に普及しているのでしょう。

 

そんなハロウィンで今話題になっているのが、先ほども挙げた“渋谷”です。ハロウィンで仮装をした若者達が大挙して集まる街が渋谷なのです。そして、そんな渋谷に集まった人達のマナーが問題視されている現状があります。

 

暴れて物を壊したり、店に迷惑をかけたり、ゴミをポイ捨てする人達が大勢いるのです。そんな光景が連日メディアで取り上げられています。そして、その様子を見知った人々が決まって口にするセリフがあります。それが「日本はもう終わっている」です。

 

本当によく耳にするセリフですが、僕は、別に日本は終わっていないと思っています。僕がそう考える理由は幾つかあるので、それを今回はまとめていこうと思います!

 

 

目次

 

 

まともな人が大多数

 

テレビやツイッターなどから入ってくる渋谷の情報を見ると、大勢の暴徒化した若者が暴れまわっている光景や、道路が大量のゴミで埋め尽くされた光景が飛び込んできます。それを見ると“日本人のマナーは終わった”と思えてしまうのも無理はありません。

 

しかし冷静に考えると、そもそも、渋谷に集まってわちゃわちゃしている若者は、若者の中で圧倒的少数なのです。僕の周りの友達も、仮装して渋谷に行った人はごく数人で、多くは僕と同じく、その渋谷の光景を冷めた目で見ている側にいます。

 

また先ほど、僕が大学内に仮装をしている人を見かけたといいましたが、それだって、何千人といる中の十数人だけです。多くの人は、普通にバイト先へ向かったり、家に帰ったりしています。

 

ツイッターを見ても、渋谷ハロウィンの惨状に呆れ返ったり批判している人が多くいて、そして、それらのツイートをRTやファボなどをし共感している人が非常に沢山います。むしろ、渋谷ハロウィンの惨状を見て「日本は終わっている」と考える人、それに共感する人が沢山いるということが、日本(の民度)はまだまだ終わっていないと確信できるのです。

 

そもそも、渋谷で仮装している若者も、全員が全員、暴れたり痴漢をはたらいているわけではありません。そういった民度の低い人間は一部です。ポイ捨てしている人はもっと多くいると思いますが、それだって全員が全員、しているわけではありませんしね。

 

どうしようもなく民度の低い人は、どこの国にも、いつの時代も、一定数はいます。渋谷ハロウィンでは、そういった人が集まり濃縮されて目立っているだけであって、日本人全体の民度が低下したわけではないのです。多くの日本人は礼儀正しく真面目だと思います。

 

 

ゴミ拾いボランティアの存在

 

渋谷の街がゴミで溢れかえっていることばかりに注目が行きますが、もっと注目すべきはゴミ拾いボランティアの存在です。ゴミで散らかった渋谷を綺麗にしようと、自主的にゴミ拾いを始める方が多くいるのです。

 

ボランティアが多く集まってくれたお陰か、あれだけ散らかっていた渋谷の街も、たった一夜で元通りの綺麗さを取り戻しました。これは非常に素晴らしいことだと思います。

 

 

 

自分と関係ない物事に対して無関心な人が多い世の中ですが(だからこそポイ捨てが溢れかえっている)、その一方で、他人が汚したゴミを積極的に片づけたりする人の存在はとても貴重です。そんな人たちが一定数いるということも、日本がまだまだ終わっていない証拠だと僕は思います。

 

ゴミを所かまわず平気で捨てるような、それこそまさにゴミの様な人間は世界中どこにいっても沢山いますが、社会のために自ら動いて行動する素晴らしい人が少なからず存在しています。それは、世界に誇っても良いことのではないでしょうか。

 

 

新しい文化の誕生

 

渋谷で行われているハロウィンに対して「ハロウィンは本来、小さな子供がやるものだ」「大人が仮装してワイワイ騒ぐものじゃない」という批判があると思います。

 

たしかにその批判はごもっともです。渋谷で行われていることは、本来のハロウィンとはかけ離れていますし、ハロウィンですらないのかもしれません。ただ、暴れたり騒いだりしたい人が“ハロウィン”を大義名分にしているだけなのかもしれません。

 

しかし、ものすごくポジティブに捉えれば、それは新しい文化の誕生とも言えるのではないでしょうか。今はまだ未成熟の状態ですが、これから数年、数十年という歳月が経ち、渋谷でのハロウィンが日本独特の新しい文化として定着していくのではと思います。

 

そもそもクリスマスだって、元来はイエス・キリストの誕生を祝う祭り事です。現代の日本で、キリスト生誕をお祝いするためにクリスマスを楽しんでいる人って、果たしてどのくらいいるのでしょうか。文化や風習の本来の木庭は、時代や環境によって絶えず変化していくのです。

 

今はまだマナーなどの問題が多く存在していますが、新しい文化として定着していけば、次第にルールやマナーを改善させる工夫がなされていくかもしれません。そうすれば、渋谷ハロウィンを、日本独自のお祭り事として、海外の観光客を呼び込むことができるかもしれません。仮装やお菓子などの経済効果も期待できるでしょう。

 

問題が多いから潰すのではなく、新しい日本の文化や観光資源になるチャンスがあると考えれば、まだまだ渋谷ハロウィンも捨てたもんじゃないのではと思います。

 

 

この記事のまとめ

 

  • 報道で、日本人全体の民度が低下しているように感じるが、渋谷で暴れるような人は日本人全体のごく一部。イベントの性質上、民度の低い人が濃縮されて、目立っているだけ。

 

  • ゴミを捨てる人も多くいるが、自主的にゴミ拾いをするボランティアも一定数存在している。そうした動きがあることは、誇れる部分でもある。

 

  • 渋谷ハロウィンを、日本独自の新しい文化の成熟期であると考えることもできる。今後、ルールやマナーを向上する取り組みがなされれば、大いに歓迎できることと捉えられる。

 

今後、渋谷のハロウィンがどうなっていくかは分かりませんが、年々、規模が拡大していっていることは確かです。そのことからも、来年は今年よりももっと渋谷は活発になっていくでしょう。これからの流れを、注意深く見守っていく必要があるのではないでしょうか。

 

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。