人生に地図はない

人生に地図はありません。どんなにブレようが道を外そうがそれはあなたの人生です。

僕が思う「親友」の条件 ~友達の向こう側へ~

スポンサーリンク

こんにちは。

 

 

突然ですが、皆さんには「親友」と呼べる人がいますか?親友というと、ただの友達とは違う特別な存在といったイメージがありますよね。ですが、友達と親友の間には明確な基準があるわけではありません。その違いは非常に曖昧なものです。

 

僕自身も、親友と呼べる人が一応いることにはいるのですが、友達と親友の違いがどこにあるのかなどは考えたことがありません。そもそも「友達」の定義すら曖昧なものなのですから、当然ですよね。

 

そこで僕は、自分自身の今までの人間関係を冷静に振り返ってみて、僕が個人的に思う「親友の条件」というものを3つ考え出してきました。今回はその条件について語っていこうと思います!

 

 

目次

 

 

沈黙が気まずくない

 

友達と一緒にいるとき、沈黙になるとどうしても気まずく感じてしまいますよね。何か話さなければと頑張って話題を探そうとします。当たり障りのない会話をしたりもします。

 

ところが、親友となると沈黙がそれほど気になりません。会話が途絶えて沈黙が流れたとしても、心地悪さは感じません。沈黙になっても気まずさを感じなければ、親友と呼べる段階に到達していると言えるでしょう。

 

逆に、中途半端に知っている人との沈黙はかなり辛いですよね。ばりばり気を遣わなくてはなりません。人は親密な関係になればなるほど、気を遣わなくてもOKになっていくのです。

 

 

空白を感じさせない

 

しばらく連絡を取っていない状態の人に久々に会うと、多少の気まずさみたいなものがありますよね。まずはお互いの近況を聞いたり、無難な会話を始めたりします。頻繁に会っていた頃とは、どこか空気が変わってしまっているものです。

 

一方、親友になると状況は異なります。お互い忙しくて長い間連絡を取っていなかったとしても、再会した時には、まるで昨日まで普通に会っていたように、今まで通りのテンションで会話をすることができます。

 

どんなにブランクが開いても、関係が色褪せることなく保存されているのです。一定の親密度を超えた人間関係には、ミエナイチカラが働いているのかもしれません。

 

 

夢を語り合える

 

恥ずかしげもなく堂々と夢を語り合えるのなら、それは立派な「親友」です。自分が本当に将来やりたいことや、未来の理想的なプランについてを打ち明けらえるのは、ごく限られた人間にしかできません。

 

普通の友達だったら、そんな壮大なことを話したりはしません。もちろん話す人もいるかもしれませんが、それはレアケースだと思います。僕自身も友達は多くいますが、夢まで知っているのはごく一部です。

 

あなたの友達が夢について語ってきたのなら、それは相手があなたを親友だと認識している証拠ですし、逆に、あなたが夢を語ってもいいなと思える相手は、親友なのです。

 

 

まとめ

f:id:clumsyboy:20180716231654j:plain

 

 

親友の条件とは、一言で言うと「気を遣わなくても大丈夫な関係」だと思います。ただし、気を付けなければいけないのは、リスペクトの心を忘れてはいけないということです。

 

気を遣わなくてもいいからと言って相手を尊重する気持ちまで棄ててしまえば、決して良い関係を続けることはできません。これは夫婦・カップルなどの関係にも当てはまることですよね。

 

余計な気を遣うことなく、お互いをリスペクトしあえる。これこそが親友の条件の本質であると考えています。

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。