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究極の「平等」は実現可能か~格差と社会に対する考察~

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こんにちは。

 

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男女格差や所得格差、世代間格差に教育格差、世の中には数え切れないほどの格差や不平等が存在します。皆さんもきっと、人生に一度くらいは「不平等だ!」と本気で怒りたくなるような出来事を経験されているはずです。僕もそうです。

 

そんな不平等だらけの世界でも、人類は確実に「平等」を目指して今日まで進んできました。そして実際にいくつかの不平等は昔に比べ緩和されており、世界は確実に「平等」へと近づいています。

 

しかし、ここである疑問が思い浮かびます。それは、完璧に平等な社会は実現可能なのか、ということです。今回はそんな“社会の難問”とも言えるテーマについて語っていこうと思います。

 

 

目次

 

 

現代における格差の現状

 

現代という時代は、過去に比べると様々な格差が解消されてきました。例えば男女格差です。人類の歴史を見ると、長い期間、男が女よりも立場が上である状態が続いてきました。

 

しかし現代では、男女平等という精神や考え方が浸透していき、男女間の格差は非常に小さくなってきています。男女間以外にも、絶対的な身分の差や階級制度、人種間の差など、あらゆる分野で格差が急速に縮まってきています。

 

しかし、貧富の格差や世代間格差、家庭や地域による機会の格差は依然として大きく存在します。ですが、これらの格差も、今すぐとは言いませんが、いずれ人類は解決していくと思います。

 

その根拠は、インターネット・スマートフォンの普及です。インターネットは、地域の格差や機会の不平等を大きく改善する力を持っています。例えアフリカの最貧国の村に居ようとも、インターネット回線さえあれば世界でチャンスを掴むことも不可能ではないのです。

 

また、インターネットは国家間の枠組みさえも飛び越えてしまいます。それにより「国」という障壁が突破され、世界はやがて一つの大きな村のようなものになっていくと予想されます。

 

 

解決不可能な格差

 

しかしながら、中にはどうしても解消不可能な格差や不平等が存在します。それは、生まれ持った身体による個体差、容姿の良し悪しといったものです。こればかりは、いくら人類が協力し合っても解決不可能でしょう。

 

全員平等とは言っても、結局は男女間で力の差とか体力なども違いますし、健康な人と病弱な人との差は生じます。いつの時代でもイケメンはモテますし、身長差によっても、生活に大きな差が生じます。

 

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いくら制度を平等にしたところで、結局、生まれ持った肉体による差は縮めることができないのです。

 

 

究極の平等は仮想空間?!

 

ところが、そんな肉体による格差すらも解消してしまう、究極の平等を実現できる方法が残されています。それは「仮想空間」です。

 

技術が進歩し、誰もが自分の理想的な「仮想空間」でそれぞれ生活をする未来が来るとしたら、それこそが究極の平等に限りなく近い状態なのではないでしょうか。

 

誰の利害を脅かすでもなく、個人個人がオンリーワンの新世界で暮らすのです。そこに争いや格差はありません。生まれ持った肉体も、関係ないのです。なぜなら、そこには比較する相手すら存在しないのですから。

 

 

平等よりも大切なこと

 

つまり、究極の平等を実現するには、比較対象のいない自分一人の世界を創造すればいいわけです。誰もいない、一人ぼっちの世界です。果たしてそれは、人類の望む未来なのでしょうか。

 

僕はそんな未来を望んでいません。ではどうすればいいのか。僕は、一人一人全ての人が違っているということを認識することが重要だと考えます。

 

いくら格差や不平等を無くそうとしても、結局は全ての人が一人一人違っているのです。つまり、究極の平等など絶対に実現できないということです。

 

もちろん、制度的に問題があるのならば、是正することが必要です。しかし、それよりも一人一人が他者に対してリスペクトを持つことこそが最も大切なことだと思います。

 

これは非常に当たり前のことですが、結局のところ何よりも重要なことなのです。皆さんも、他人をリスペクトする心をいつまでも忘れずにいて下さい!

 

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。