こんにちは。
皆さんは、心から思っている気持ち(例えば感謝の気持ちなど)を誰かに伝えようとして「恥ずかしいから、やっぱムリ!」となった経験はありますか?おそらく、この経験をしている人は非常に多くいると思います。
例によって、僕もそのような経験を何度もしています。心から思っていること、それが例えどんなにポジティブなことでも、やはり正直に伝えるとなると恥ずかしいですよね。ですが、ところで一体、なぜこういった場合に人は“恥ずかしさ”を感じるのでしょう。
別に、変なことやおかしなことを言うわけではありませんよね。純粋にポジティブなことを伝えるだけなら、本来は何も恥じる必要はありません。それでもなぜ、人は恥ずかしさを感じてしまうのでしょうか。
今回は、そんな人の心の謎を、僕なりに考えたことをまとめていこうと思います。あくまで僕個人の意見ですので、そういう考え方もあるのか、程度の気持ちで見て頂ければ幸いです。
目次
「恥ずかしい」と感じるシチュエーション
人はなぜ、心から思っていることを伝えるときに“恥ずかしさ”を感じてしまうのでしょうか。その謎を解き明かすために、まずは、僕自身が「恥ずかしい」と感じてしまうシチュエーションをピックアップしてみました。
それは以下の通りです。
- 友達の能力や実績を素直に褒めようとするとき
- 片思いの人に思いを打ち明けようとするとき
- レジの人やトイレ掃除の人にお礼を言おうとするとき
- 両親に育ててくれたことの感謝を伝えようとするとき
これらは、実際伝えようとは思っても、結局恥ずかしくて実行できないシチュエーションの代表例ではないかと思います。「心では思っていても…」というやつですね。僕だけでなく、多くの人も共感して頂けるのではないでしょうか。
上で挙げたリストが、僕が思いつく範囲で「恥ずかしい」と感じてしまうシチュエーションです。しかし、それだけでは“なぜ恥ずかしいと感じるのか”を解明するにはヒントが足りない気がします。
そこで、以上に挙げた4つのシチュエーションを、より恥ずかしいと思う順に並べてみることにしました。それが以下の通りです!
- 1位 両親に育ててくれたことの感謝を伝えようとするとき
- 2位 片思いの人に思いを打ち明けようとするとき
- 3位 友達の能力や実績を素直に褒めようとするとき
- 4位 レジの人やトイレ掃除の人にお礼を言おうとするとき
僕は以上の順番で「恥ずかしい」と感じてしまいます。人によって多少違うとは思いますが、おそらく多くの人がこの順番なのではないでしょうか。積極的に異性に告白する人の話はよく聞きますが、積極的に親に感謝の気持ちを伝えている人の話はあまり聞きませんからね。
「恥ずかしい」と感じる理由
上の章で述べたランキングでは、気持ちを伝える人の対象が 親→好きな人→友→他人 という順番になっていますよね。これはずばり、おおむね関係の長さに比例していることが分かります。
親は生まれた瞬間から現在まで、最も長い時間を共に過ごしてきています。一方で、他人は時間を共有していた期間がほぼゼロに等しいです。好きな人や友達は、その中間でしょう。
けれど、関係の長さだけでは説明できないこともあります。そこで、もう少し掘り下げて考えてみると、伝えたいと思っている感情が湧き出た瞬間から、それを伝えていない期間の長さに比例しているということが分かりました。
もっと分かりやすく言うと、感情を隠している期間の長さということです!
例えば、友達の長所や能力というのは、ある程度長い付き合いをしてから分かってくるものですよね。つまり、友達としての付き合いは長くとも、その友達のことを「スゲー」と感じ始めたのはだいぶ後になってから、というパターンが多いのです。
恋愛面で好きな人というのは、割と出会って直ぐにそういった感情を抱いく場合が多いです。つまり、その人とは出会ってそこまで月日がなくとも、より長い間、本当の感情を隠していることになり得るのです。
そして、その最たる例が「両親」です。小さい頃から、大人になった現在まで、本当に長い間、無条件の愛を与え、大切に育ててくれました。感謝していないわけがありません。ずっとずっと小さい頃から、感謝の気持ちを持っています。
人は、嘘がバレると恥ずかしいと感じます。嘘がバレるまでの期間が長ければ長いほど、バレた時の恥ずかしさは増大します。
そして、本当の気持ちを伝えないで隠していることも、ある意味では嘘をついていることになります。
人が心から思っていることを伝えるのを「恥ずかしい」と感じてしまう理由。それは、感情を隠している(嘘をついている)ことがバレてしまうからだったのです。そして、その期間が長ければ長いほど、恥ずかしさは増大していってしまうのです。
最後に言いたいこと
人は嘘をつく生き物です。自分の感情にすら、嘘をつきます。“嘘がバレると恥ずかしい”ということは分かっていても、“素直でいる方がもっと恥ずかしい”と感じてしまう、変な生き物なのです。
本当は、余計なことを考えず、犬のように素直で純粋に生きていくことが理想的なのかもしれません。しかし、人間である以上、それは極めて難しいことなのだと思います。僕自身、これから素直に生きていこう!とはなかなか思えませんし、人に勧めるつもりもありません。
しかし、たった1つだけ、確実に言えることがあります。それは、本当の気持ちを伝えられずに終わってしまうことが最も苦痛なことだということです。結局のところ、やはり素直に生きていくことが重要だということです。
ただし、人生に地図はありません。これからの人生どう生きていくのかは、すべて今からの自分次第なのです!
最後まで見てくれてありがとうございます。