人生に地図はない

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あえて「社会的に正しいこと」を口に出す人の心理を考察してみた

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こんばんは。

 

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皆さんの身の回りには“社会的に正しいこと”をあえて口に出す人はいますか?たとえば、自己責任で危険地帯に赴いた結果、テロ組織に拘束され身代金を要求されてしまった人に対して「自己責任だ!」「彼を助けない方がいい!」と口に出して言う人です。

 

上記の例の場合、日本政府がテロ組織にお金を支払うという前例を作ってしまえば、今後、日本人をターゲットにした犯罪が増加してしまう可能性がありますし、なにより、テロ組織にお金を渡してしまえば、テロ活動を間接的に応援することとにもなってしまいます。

 

なので、政府として身代金を払わないこと、すなわち、自己責任で拘束された人物を“助けない選択を取ること”は社会的に正しいことであると言えます。これは、少し考えれば誰でも分かる簡単なことであると思います。

 

ここで僕が不思議に感じているのが、初めに述べた通り、そんな当然なことである“社会的に正しいこと”を、わざわざ周囲の人へアピールするかのように主張する人が一定数いるということです。

 

なぜ、多くの人が分かりきっていることをあえて主張する必要があるのでしょうか。そういった疑問について、僕が個人的に考察してまとめてみましたので、よければご覧ください!

 

 

目次

 

 

広い視野を持ってますアピール

 

社会の事や裏の事情を一切考えずにニュースを見ると、単純に「拘束されている人が可哀想」「早く身代金を払うべき」と感じてしまう人が多いでしょう。実際、そう思ってしまっている人は多くいるはずです。

 

そういった人達に対して、「いやいや、こういう事情があるから助けない方がいいんだぜ」という主張を口にすることで、自分は物事を深く考えられている人であることを示そうとしているのです。

 

つまり、この手の人は本気でそうした主義主張を持っているわけではなく、ただ「自分はきちんと広い視野を持っている賢い人間です」というアピールをするためだけに主義主張を利用しているのです。

 

このパターンは、場合によっては自分の無知さをアピールしてしまう事にもなってしまうので、注意が必要です。

 

 

「社会」の冷たさの強調

 

“社会的に正しいこと”の中身は、一見すると冷酷に感じるようなテーマが多かったりします。生きた個人の事情よりも、抽象的な全体としての社会を優先することが“社会的に正しいこと”とされるわけですから。

 

そんな社会の冷たい側面を知っている人が、それを知らない人に対して「社会はこういうものですよ」と教えるために、あえて冷たいことを口にしている場合もあるのではないでしょうか。

 

自分だけでなく、周りの人々にも、社会というものに関心を持ってもらいたい!そうして、周りの人が「社会」というものに対して興味・関心を抱くトリガーとなるような発言をしているのです。

 

 

本当にそう思っている

 

そして最後に一つ、普段から「社会」というものを何よりも優先して考えているため、社会にとってマイナスになるような出来事に対して本気で怒っているというパターンも考えられます。

 

冒頭で述べた身代金の話の場合、拘束された人物を助けることで、自分や自分の周りの人々にマイナスの影響が出るということを、肌に感じるほどリアルに捉えているのです。

 

この記事のまとめ

 

“社会的に正しいこと”をあえて声高に主張する人は、自己PRのためにそうしているか、周りの人を触発するためにそうしているか、本当にそう思っているかの3パターンに絞れるのではないでしょうか。

 

勿論、それ以外にも色々な考えや意図を持って発信している人も大勢いると思います。皆さんは、どう思うでしょうか?この記事が少しでも誰かの役に立てれば幸いです。

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。