人生に地図はない

人生に地図はありません。どんなにブレようが道を外そうがそれはあなたの人生です。

収入を得る上で大切にしておきたい、たった1つだけの価値観

スポンサーリンク

こんにちは。現在大学4年生の筆者です。右も左も分からぬまま「よーいドン」で始めることになった就職活動にも目処が付き、無事来年の春から社会という大海原に旅立つ予定でいます。

 

小学1年生の頃から現在まで、実に16年間にも及ぶ学生生活がようやく幕を閉じようとしています。ふと散歩がてら、家からすぐ近くにある母校の校門を眺めてみると、本当に本当に長かったなと感じます。

 

これからは、その何倍も長い時間を社会人として過ごしていくわけです。社会人は“生活収入を得ていく”という点で、学生時代とはまるで異なる目標を持つことになります。

 

それこそが、学生生活との最も大きな違いです。学生の頃は親や家族が支えてくれましたが、社会人は自律していかなれけばなりません。これからは自分自身で収入を得ていかなければならないのです。

 

そしてこの“収入を得る”ことにあたっては、必ず大切にしていかなければならない価値観があると僕は思っています。それは“価値を生み出しているという感覚を持ち続けること”です。

 

 

目次

 

f:id:clumsyboy:20180808235807j:plain

 

価値を生み出しているという感覚

 

多くの社会人は、基本的に一定の収入(お金)を得ています。どうやって得ているのかというと、労働をすることで価値を生み出し、その価値を収入に変換しているのです。全ての仕事は、そのようにして成り立っています。

 

つまりは、労働によって価値を生み出すことで稼いでいるのです。ここでポイントとなるのは、価値を生み出すことと稼ぐことがほぼイコールだということです。価値を生み出すこと≒稼ぐことなのです。

 

たとえ労働をしてクタクタに疲れたとしても、価値を1つも生み出さなかったのなら収入にはなりませんからね。生み出した価値に対して、対価を貰う。価値を生むことで“稼いでいる”のです。

 

ところが、周りの社会人の友達と話をしてみると、そういう感覚を持って働いている人はかなり少数派です。これは僕を含め、大学生のアルバイトにも同じことが言えます。つまり僕が言いたいのは、多くの人は“労働をしている”という感覚で働いてしまっているということです。

 

“1時間働いた。10時間働いた。だからお金を貰っている。”という感覚なのです。つまりは、稼いでいるという感覚よりも、労働をしているという感覚の方が強くなってしまっているのです。

 

これは僕自身もそうでした。僕は大学生活の中で色々なアルバイトをしてきたのですが、毎回毎回、労働時間のことだけを考えていました。今日は2時間だから2000円といった感じで、労働をしている、だからお金が入ってくると考えていたのです。

 

 

「労働=収入」という思考の問題点

 

労働する→価値が発生する=収入になる という流れがあるので、労働しているから収入が得られると考えてしまうのも無理はありません。しかし、厳密には価値が発生したからこそ、収入があるのです。

 

では、なぜ「労働=収入」と考えてしまうことがダメなのか。その理由はとてもシンプルで、基本的に「労働」はつまらないものだからです。人はあくまで労働によって生み出された価値に楽しさや達成感を見出すわけであって、労働そのものには楽しさというものは見出しにくいのです。

 

例えば、スポーツに例えてみましょう。スポーツは、練習をする→成長する=成果が出るという流れですよね。スポーツにおける練習は、あくまで成長が実感できるからこそ楽しいものなのです。練習自体だけに楽しさはなかなか見出しにくいものです。

 

つまりそのことから何が言えるかというと、「労働」というつまらない方の部分だけに着目して、労働しているから収入が入っているという風に捉えてしまうと、人生がとてもつまらないものになってしまう可能性があるのです。

 

人の役に立つという価値、社会の役に立つという価値、様々な価値を生み出し貢献をすることで、人は収入を得ます。ところが「労働=収入」と考えてしまうと、自分がただ疲れたから、お金が入ってくるという感覚になってしまいます。これほどつまらないことはあるでしょうか。

 

 

ブログで実感した“価値”を生む楽しさ

 

僕はまだ現時点で学生なので、労働だとか収入だとか言っていても説得力は限りなく低いと思います。しかし、僕がそう考えるようになった根拠はきちんとあります。それはアルバイトとブログの経験です。

 

上で述べた通り、僕は大学生活を通していくつかのアルバイトをしてきました。一日3,4時間のシフトを週3日程度で入れていました。この頃の僕は「労働=収入」としか考えていませんでした。

 

なので「今月は○○時間働いたから収入は××円だ」といった計算をして、ただただ、時間を捧げた分だけ対価を貰った、としか思っていなかったのです。この頃は、今までの人生で最もお金を稼いでいましたが、楽しいと感じたことはほぼありませんでした。

 

一方、現在僕はアルバイトを辞めてブログを運営しています。ブログには、下調べや内容のまとめ方の決定、書き出し・編集の作業など、毎日毎日、膨大な時間を割いています。バイト生活時代よりも、もしかしたら時間を割いているかもしれません。

 

それでいて、最近ようやくアドセンスなどの収益が上がってきたのですが、それでも実際貰っている収益はバイト時代の十数分の一以下です。圧倒的にコスパは悪くなっています。

 

ところが、僕はバイトよりもブログを書いている方が10000倍楽しいと感じています。全く苦痛ではありませんし、とにかく毎日が面白いのです。それはなぜかと考えてみたところ、“価値を生み出して収入を得ている”という実感が強いからだったのです。

 

もしも、ただ記事を書いてまとめて編集してという「労働」によって収益を得ているのだと感じていたら、僕は多分もうブログを書いていません。自分の書いた記事が多くの人に読まれ、僅かながらも価値を生み出したと考えると、達成感や楽しさが溢れてきます。

 

労働をしている<価値を生み出している という感覚を持てば、人は人生を楽しく過ごしていけると、僕はアルバイトとブログの経験から実感しました。

 

 

まとめ

 

  • どんな仕事も、必ず誰かの役に立っており、社会に必要なものとなっている。つまりは、価値を生み出している。誰しもが、価値を生み出すことによって収入を得ている。

 

  • 労働をして疲れているから収入を得ているという感覚は、仕事のモチベーションを下げるだけでなく、人生自体をつまらないものとしてしまう危険性がある。

 

  • “価値を生み出している”という感覚が“労働をしている”という感覚を超えたとき、人は仕事や労働に対して充実感・達成感、楽しさを得られる。ひいては、人生を豊かにする。

 

つまり、“価値を生み出している”という感覚を忘れずに仕事をすることできたら、無敵ということです。社会人生活を豊かにするか、苦痛の日々にするかは、すべてあなたの捉え方次第なのです!

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。