人生に地図はない

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今日が人生最後の日だと思って生きるなんて不可能。本当に大切な生き方とは

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「今日が人生最後の日だと思って生きろ」

 

この言葉、皆さんもよく聞いたことがあると思います。僕も、中学の担任の先生やネットの名言集などから、幾度となく耳にしてきました。

 

これはたしかに良い言葉です。事故などに遭い、今日突然死んでしまうということは誰にだってありえます。可能性が低いだけで、絶対無いとは言えません。要するにこの言葉は、時間は有限でかつとても大切なものであるということを教えてくれているのです。

 

そういう言葉だということはもちろん理解しています。ですが僕は、この言葉をどうしても素直に飲み込むことができません。

 

だって、今日が人生最後の日だとしたら、勉強や仕事など全てほったらかしたくなりませんか?やりたいことだけをしたいですよね。また、家族や親しい人にお別れの言葉を言わなければなりません。PCのフォルダやSNSのアカウントのことも、全て消してしまいたくもなります。

 

つまり、今日が人生最後なんて想定はできないのです。思考が“続くかもしれない未来”のことを放棄してしまう方向に傾くからです。とても時間の大切さ云々の次元ではなくなってしまいます。

 

 

そこで僕は、この言葉を自分なりに変えてみることにしました。

 

それは

「今日が人生最後の日になるかもしれないと思って生きろ」です。

 

つまり、明日は来ます。未来がこれからも続いていくことを当然視します。その上で、もしかしたら今日が最後の日になるかもしれない、と心のどこかで覚悟をするのです。

 

僕はこの考え方が非常にしっくりときます。基本的には明日は来るものだと思っているので、勉強や仕事を放棄するようなことはありません。いつも通りに過ごせばいいのです。

 

肝心なのは、「後悔が残るかどうか」という局面においてです。

 

例えば、友達と喧嘩をしたとき。喧嘩をすれば仲は険悪になります。心もモヤモヤします。ごめんねの一言さえ言えば、大抵の喧嘩は仲直りできます。しかし、意地の張り合いで簡単には言い出せませんよね。そうして、モヤモヤ状態のまま明日へ行こうとします。こういう時です。

 

「今日が人生最後の日になるかもしれない」

 

思い出すのです。そんなモヤモヤを残したまま最後を迎えていいのだろうか。相手もきっと一生後悔するでしょう。そう思えば、ごめんの一言くらい、なんてことないでしょう。すぐに相手と仲直りができます。

 

すると、明日はいつも通りやって来て、その日からすぐに喧嘩していた友達と笑いあう日々を過ごしていけます。

 

少しでもモヤモヤしているものを抱えているのなら、今日解決してしまいましょう。勇気がなくても、プライドが邪魔をしても、今日が人生最後になるかもしれないという究極の選択を前にすると、目の前になんの障害もないはずです。結果、心地よい明日が迎えられるのです。

 

皆さんも、今日が人生最後の日になるかもしれません。モヤモヤを抱えていませんか?簡単なことなら、それらは今日中に解決してしまいましょう。明日が必ず来ると思っていたら、少なくとも綺麗な明日が来ることはありません。

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。