人生に地図はない

人生に地図はありません。どんなにブレようが道を外そうがそれはあなたの人生です。

僕の小学校は北朝鮮みたいなところでした。

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こんにちは。

 

 

今日は僕の通っていた小学校の思い出について話そうと思います。思い出と言っても僕は小学校に関する良い記憶がほとんどありません。中学校は最高に楽しかったのですが、小学校は最悪でした。

 

 

例えて言うなら、僕の通っていた小学校はまるで北朝鮮のような場所でした。どういうこと⁇と思っている人も多いと思うので、一つずつ話していこうと思います。

 

 

 

①鬼教師

 

僕の小学校には、現代にそぐわないような鬼教師がゴロゴロいました。5,6年生の時の僕の担任もその一人でした。ちょっとでも規則を破るものがあれば、たかが外れたかのように怒鳴り散らし、時には体罰まで加えていました。

 

 

特に素行の悪い生徒に対しては、総合の時間にクラス全員の前で公開体罰を加えていました。

 

 

バレンタインなどの外国文化には一切理解を示すことはなく、徹底的な弾圧を加えていました。小学生に対して体格の良いその教師とでは戦力差が明らかで、誰も彼に逆らうことはできません。ひたすら暴力と恐怖に耐える日々でした。

 

 

 

②猛暑の行進練習

 

運動会が近づくと、学年全員放課後まで残され、見世物である運動会の練習に従事させられました。組体操では怪我人が続出しましたし、ピラミッドの一番下の人間は、砂利で膝の皮が常に擦り剥けている状態でした。

 

 

中でも一番辛かったのは、行進練習です。そこでは個を表すことは一切認められず、全員が一糸乱れぬ動きを強制させられます。炎天下の中、何度も繰り返し行進をさせられました。

 

 

僕は必死に周りに合わせていましたが、中には周りに合わせるのが苦手な子もいました。そういう人は練習時間延長の原因となるため、クラス中から非難を浴びせられていました。まさに地獄の行進です。

 

 

 

➂腐敗した末端組織

 

そんな僕の小学校にも、スクールカーストというものがありました。教師の権限が強いため、いつも騒いでいるDQNグループよりも、教師に好かれているグループの方が上位カーストに位置していました。

 

 

そんな中、隣のクラスにAという人間が居ました。彼は勉強もできるしクラス委員長もこなしていました。なので、彼は担任のおばちゃん先生に非常に気に入られていました。

 

 

しかし、僕を含め誰もがAの本性を知っています。彼は、先生の前ではいい子ぶっている極悪非道な人間でした。常に体格のごつい部下を二人引き連れており、クラスの弱い人間をいたぶったり虐めたり、時には金銭を要求することもあったそうです。

 

 

僕の友達にも、彼に酷いいじめを受けていた人がいます。外面は良いため、結局誰も彼を正すことはできませんでした。

 

 

 

④自由の制限

 

これは僕の小学校だけに限らず、日本中の小学校がそうだと思いますが、今振り返るとあまりにも自由が制限されていたことに気がつきます。

 

 

まず、個人で飲食物を持ち込むのは一切禁止でしたよね。許されるのは、昼休みに配給される給食水道から出る水のみです。水筒のお茶ですら、持ち込むことを禁じられていました。

 

 

携帯電話等、外部と通信する機材を持ち込むのも禁止、漫画ゲーム等も当然禁止でした。授業中にこっそりできてしまうDS等のゲーム機が禁止なのはまだ分かりますが、友達と遊ぶためのトランプやおもちゃ等も完全に禁止です。理由は「学校は勉強をするところ」だからです。

 

とにかく自由が少ないのです。遊ぶ道具を僕らは選べないのです。また、担任を選択する権利すら僕らは持ち合わせていません。そこに民主主義はありませんでした。

 

 

 

まとめ

 

僕の小学校は極端に酷かったのかもしれませんが、基本的に小学校はどこも北朝鮮のような場所だと思います。自由もなく、非民主的です。

 

 

もしかしたら、今の日本人がなかなか自由に生きられないと感じるのは、小学校での “教育” が原因かもしれませんね。

 

 

 

信じるか信じないかは、あなた次第です。