人生に地図はない

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人が生きる意味とは ~目的と手段、その繰り返しの先にあるもの~

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こんにちは。

 

 

以前、目的と手段の話をしました。その内容とは、私たちがある時点で目指す目的は、時間が経つにつれ、更に大きい目的を達成するための手段になるといった話です。

 

小学生の頃は「テストで良い点数を取る」ことが目的でしたが、中学生になる頃には「テストで良い点数を取る」ことは「受験に合格する」ための手段になります。さらに、高校生になると「受験に合格する」というのは「夢を叶える」ための手段になるのです。

 

 

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そこで今回ぼくが話したいことは【目的と手段の繰り返しの先には何があるのか】ということです。

 

 

目次

 

 

目的と手段のその先

 

前回述べた通り、私たちが達成しようと日々努力する目的は、時間が経つと、更に大きい目的を達成するための手段に入れ替わっていきます。

 

つまり、目的→手段→目的→手段→…と無限に繰り返されていくのです。そして、この繰り返しによって設定される「目的」は、どんどんレベルの高いものになっていきます。

 

つまり、目的と手段の繰り返しは、より高いところへと上昇していく過程なのです。では、その繰り返しの先には何があるのか。それは「究極の目的」です。

 

 

究極の目的とは

 

目的と手段の繰り返しの終点には、究極の目的に到達します。これは、驚くべきことに、全人類が共通していることなのです。

 

この記事を書いている僕も、この記事を読んでいるあなたも、海の向こうの異国の人々も、大統領も、独裁者も、全員が共通した「究極の目的」を持っているのです。

 

その「究極の目的」とはなにか。それは、「幸せになること」です。たったこれだけなのです。おそらく、少し考えれば誰でも分かるのではないかと思います。

 

“全人類”とか“究極の目的”といった単語を出していると、なんだかオカルトチックな話をしているのではないかと思う人がいると思います。

 

しかし、少し立ち止まって考えてみて下さい。これは、客観的な事実なのです。なぜなら、不幸になりたくて生きている人なんて、誰一人存在しないからです。

 

もちろん、なにが不幸でなにが幸せかは人それぞれ違っていると思います。しかし、本質的に「幸せになりたい」ということは誰もが同じです。

 

「幸せになりたい」ということは、ごく当たり前に全人類が共通して持っている「究極の目的」なのです。

 

 

具体例1「勉強と受験」

 

ではここで、具体的な例を出して解説していこうと思います。まずは、最初にも述べた「勉強と受験」を例に出します。

 

小学生の頃の目的は「テストで良い点数と取ること」でした。

 

中学生になると「テストで良い点数を取ること」は手段となり、「受験に合格すること」が目的となります。

 

高校生になると「受験に合格すること」は手段となり、「夢を叶えること」が目的となります。

 

では、なぜあなたは“夢を叶えたい”と思うのか。それは「幸せになりたいから」なのです。これ以上先は、もうありません。

 

 

具体例2「労働とお金」

 

「働きたくない」「月曜日が憂鬱」とつぶやいている社会人の方が沢山います。世の中のほとんどの人は、できれば働きたくないと思っているのです。

 

それではなぜ私たちは働くのでしょうか。それは第一に、生活をしていくためです。では、最低限の生活が保障されているのなら、お金は一切要らないのでしょうか?それは違います。

 

私たちには欲しいものが山ほどあるし、行きたい場所が沢山あります。それらを実現させるために、私たちはお金を稼ぐのです。

 

色々なものが手に入る、色々な場所へ行ける。ではなぜ、そうしたいと思うのか。それは当然、幸せになるためです。経済を回すためでも、社会のためでも、国のためでもありません。自分自身の幸せのためなのです。

 

 

すべての行動は「幸せ」のため

 

もうお気づきだとは思いますが、目的と手段の入れ替わりの先がすべて「幸せになること」という究極の目標に行きつくのなら、私たちの行動はすべて「幸せになる」ためのものなのです。

 

私たちの行動には、たとえどんな小さな行動でも、必ず目的があります。そして、その目的はすべて「幸せになること」に通じています。全てです。例外はありません。

 

たとえば「歯を磨く」という行動は、「自身を清潔に保つ」ことが目的です。ではなぜ清潔に保つ必要があるのか。それは、人によって多少変わりますが「異性にモテる」ためかもしれません。ではなぜ異性にモテたいのか。当然、幸せになるためです。

 

少し飛躍しているように感じるかもしれませんが、本質は間違っていないと思います。皆さんも、自身の行動を振り返ってみて下さい。どんな小さなことも、最終的には幸せの追求という「究極の目的」に行きつくはずです。

 

 

まとめ

 

手段と目的のその先には、「幸せになる」という究極の目的があります。全人類は、幸せ異を追求するという同じ目的を持ち、生きているのです。

 

そのことから、日常生活の些細な行動の全ては「幸せのため」なのだということが分かります。歯を磨くことから、スマホを弄ることまで、全てです。

 

そして、現代社会には「幸せになる」という「究極の目的」を見失っている人が非常に多くいます。

 

自分が不幸だからと、幸せそうな他人の足を引っ張ることに全力を捧げたり、お金を稼ぐことが全てだと信じ、家族や友達を捨て、しまいには自分自身の幸せまで捨ててしまったり、そうした、目的を見失ってしまっている人が多くいるのです。

 

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今一度、「幸せになる」という全人類共通の「究極の目的」を思い出してください。この目的を思い出したのなら、もう人生で迷うことはないはずです。

 

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。