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あなたは「キャラ」という檻に囚われていないか

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こんにちは。

 

 

現代の若者に特徴的なコミュニケーションの一つに、「キャラ」を介したコミュニケーションがあります。

 

「キャラ」という言葉は、グループ内での「役割」や「役柄」といった概念に近いです。しかし「キャラ」というものは不変のアイデンティティを示すものとはまた違います。

 

あくまで、自分のある側面だけを切り取って強調したもの、それが「キャラ」なのです。すなわち、個人の持つ「キャラ」は、時と場合によってその姿かたちを変えるのです。

 

 

ところが、世の中には「キャラ」を自分のアイデンティティだと思い込み、それに囚われながら日々を過ごしてしまっている人が多々見受けられます。

 

 

「キャラ」に囚われたクラスメイト

 

キャラというのは、上でも述べたとおり、あくまで自分自身のほんの一部の側面を切り取って強調しただけのものです。キャラが自分の全てではないのです。

 

ところが、そのグループ内で「○○なキャラ」というキャラづけをされたときに、まるでそのキャラが自分の全てだと意識して行動してしまっている人がいるのです。

 

 

僕が通っていた高校に、少し猫背のクラスメイトがいました。その人は周りの人から「猫背だね」「猫背になってるよ」と言われ続け、最終的には「猫背の〇〇(名前)」とまで呼ばれるようになりました。

 

すると、そのクラスメイトはそれ以降、ずっと極端な猫背で生活をするようになったのです。それも、誰が見ても明らかにわざとやっているとしか思えないほどの猫背具合です。遠くから見たら、お辞儀をしているのでは?と思うくらいです。

 

 

彼は、猫背でいることが自分自身のアイデンティティだと感じ、それを辞めたら自分ではなくなってしまう、と考えていたのだと思います。彼は高校三年間、ずっと極端な猫背で生活をしていました。

 

 

彼は最も極端な事例でしたが、それに近い経験はおそらく多くの人が持っていると思います。「大人しいキャラ」と言われ、どんな時も大人しくするようになったり、「真面目キャラ」と言わたがために下ネタで盛り上がれなくなったり、小さな例はいくらでもあると思います。

 

 

「キャラ」 ≠ アイデンティティ

 

どうして「キャラ」に囚われてしまう人が出てしまうのか。それは、多くの人が「キャラ」と「アイデンティティ」をごっちゃにしてしまっているからです。

 

 

何度も言いますが、「キャラ」とはあくまで自分自身の一部の側面を強調したものです。しかし、一般的に「キャラ」という言葉を使うときは「その人を一言で表したもの」というような意味合いで使われることが多いです。

 

「君はクールキャラだね」という発言には「君にはクールな一側面があるね」ではなく「君=クールな人間」という意味が含まれているのです。ここで要求されているものは、もはやキャラというレベルではありません、アイデンティティなのです。

 

 

「100%クールな人間」を周りから期待された以上、それに応えなければいけないような義務感に襲われます。それをしなければ、自分が自分では無くなるのですから。

 

 

「キャラ」を要求する側も、それに応える側も、どちらも「キャラ」という名に隠れた「アイデンティティ」を前提にしてしまっているのです。

 

 

「キャラ」に囚われる人が出てしまうのは、このようなロジックが働いているからだと僕は考えます。

 

 

いますぐ「キャラ」という檻を壊そう

 

「キャラ」というのは、たいてい周りの人があなたの一側面を見て決めたものです。つまり、あなたが自分の「キャラ」だと思っているものは、本当は、あなたには全く当てはまらないものである可能性もあります。

 

 

周りの人がいうあなたの「キャラ」が、自分自身当てはまると心から思うのなら、問題ありません。しかし、そうでない場合はすぐにその「キャラ」を意識するのをやめましょう。

 

 

周りが期待する「キャラ(という名のアイデンティティ)」を意識して過ごしていれば、あなたは本当の自分を出せなくなってしまいます。他人が作り出したあなたになってしまうのです。

 

 

また、これから先あなたが周りから「○○キャラ」だと言われても、それはあまり気にしない方がいいでしょう。むしろ、本当の自分を全然分かっていないな、と思うくらいのスタンスでいればいいと思います。

 

 

まとめ

 

「キャラ」はあくまで自分自身のイチブ、一側面に過ぎません。「キャラ」を自分自身の全てだと思い、「キャラ」の方に自分の性格を合わせていくのはナンセンスです。

 

 

自分を表す“手段”であるはずの「キャラ」を“目的”にしてはいけません。それは自分を拘束する檻になってしまいます。

 

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いまこそ、「キャラ」と本当の自分について向き合ってみて下さい!

 

 

 

最後まで見てくれてありがとうございます。